about

― 火と光で整える、一杯の余韻 ―
私が扱うのは、1978年製のヴィンテージ焙煎機
「FUJIROYAL R-103」。
視認窓もセンサーも排気ダンパーもない、直火式の業務用3キロ釜。
あるのは一本の温度計と、豆をすくうテストスプーン。
そこに宿るのは、焙煎の“見える化”がまだなかった時代の設計思想です。
だからこそ、私は焙煎のすべてを五感で読み取ります。
豆の膨らみを目で見て、香りの立ち方を鼻で感じ、
ハゼの響きを耳で確かめる──
視覚・嗅覚・聴覚、
そして過去に蓄積された身体の記憶と感覚を総動員して、
豆と火の呼吸を探る時間です。
この窯の構造も、今とは違う思想が息づいています。
長胴ドラムの奥行きが炎を深く滞留させ、
豆の内部までじっくり熱を届けてくれる。
焙煎を重ねる中で、深煎りでこそこの窯の個性が
静かに立ち上がってくるように感じています。
焙煎を終えた豆には、わずかな揺らぎが残る。
私はその“煎りムラ”だけに目を向け、色彩選別機で静かに整える。
LED照明による色彩判定を通して、豆本来の個性には触れず、
整えるべきものだけを見極める。
欠点豆を、ただ排除するのではなく──
“削ぎ落とさず、整える”。
生産者が込めた誇りを傷つけず、その声をそのまま届けたい。
選別は、品質のためではなく、
敬意のために──。
そして、選別を終えた豆は、空気にも人の手にも触れさせず密閉瓶へ。
安心という目に見えない味を添えながら、お客様の元へ静かに届いていく。
火に蓄えた記憶と、豆の声を五感で読み取る。
生産者の誇りに、私の想いを添えて──
火と光で整えた、一杯の余韻をお届けます。